だえんで眺めるポストコロナ世界:『週刊だえん問答 コロナの迷宮』序文を公開!

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Dec 17, 2020

Quartz Japanの人気連載「週刊だえん問答」(原タイトル:「(若林恵)のGuideのガイド」)が待望の書籍化、12/17(木)より発売が開始されました。 発売を記念して、書籍化のために若林が書き下ろした「序文」を公開。謎めいたタイトルに隠された意味、仮想対談という形式を用いる理由などを明かします。

Illustration by Natsujikei Miyazaki
ILLUSTRATION BY NATSUJIKEI MIYAZAKI

序文
だえんで眺めるポストコロナ世界
若林恵

若林恵と申します。コンテンツディレクターという要領を得ない肩書きを使っておりますが、基本は編集者だと思っています。ただ、編集者ということばは、つくるもののアウトプットがどうしても本や雑誌といった印刷物だろうという印象を与えてしまいがちですので、そうした狭い意味で取られてしまうのはどうかと考えたところから横文字の肩書をこさえてみたりするのですが、やっていることは「編集」だと思っています。

膨大な情報のなかから、これという情報を選別し、大小をつけたり並べ替えたりしながら、ひとつらなりのロジックをつくっていく。そんな作業をずっと仕事としてきましたので、それが得意ですし、自分でいうのもなんですが結構向いていると思っています。さして興味のない対象であっても、この作業自体が好きだったりしますので、苦にせず頭と手を動かすことができたりします。

ここに掲載した読み物は、「Quartz」というアメリカのニュースメディアの日本版に連載したもので、毎週日曜日にニュースレターという形式で配信されています。日本に上陸したのが比較的最近のメディアですし、有料ですので、読まれたことのある方はそこまで多くないかと思います。「Quartz Japan」の編集長をしておりますトシヨシ氏は、私がかつて「WIRED」日本版というメディアで働いていたときに副編集長を務めていた人物で、それなりに長い付き合いがあります。そのトシヨシ氏が編集長に就任し「何か連載をしましょうよ」と声がけいただいたのが、この連載のそもそものきっかけです。

声がけいただいたはいいのですが、週刊連載は自分にとって初めてのことですので、それなりにしんどいなと感じていました。しんどいのは毎週原稿を書く作業そのものではなく、むしろ「お題」を探すところです。原稿を書くためには素材が必要で、もちろん自分で素材を探すことはとても大切な作業なのですが、個人的には「素材をどう料理してやろうか」のプロセスのほうが楽しかったりしますので、毎週料理するのはいいが、毎週素材を仕入れにいくのはめんどくさいというのがぶっちゃけた心持ちでした。めんどくさいことは結局長続きしませんので、ルーチンで毎週作業をする以上、なるだけこうしたリスクは回避したいところです。

というわけでトシヨシ氏とふたりで頭を悩ませていたのは、放っておいても「お題」が自律的に生成されるような仕組みをどうしたらつくることができるかということでした。と言ってしまうと、いかにもズボラに聞こえるかもしれませんが、毎週持続的にネタが釣り上がってくるほど波乱万丈な毎日を送っているわけでもありませんので、こうした戦略性は必要なのです。といって手持ちのカードだけで毎週作業をするというのもつまらないものです。手持ちのカードは自分にとって既知のものですから、それについて書くことは、万一読む人にとって面白かったとしても、書く側にとってはそこまで楽しくなかったりします。つまらないと思いながらやることはだいたいこれも長続きしませんので、サステイナビリティが大事な連載においては、これまた重大なリスクとなるのです。

というなか、アメリカ版の「Quartz」を眺めていましたら〈Field Guides〉という記事枠があることを発見しました。〈Field Guides〉は、週に一度月曜日に公開されるシリーズで、毎回決まった「お題」に即して視点や角度の違う記事5〜10本ほどを束ねたミニ特集です。過去のお題を見てみたらこんなラインナップでした。「中国のグローバルアプリ」「会計の曲がり角」「学生ローンの未来」「AIと社会的不平等」「生殖ビジネス」「スタートアップがコケるとき」「世界コロナウイルス」「Z世代の要求」等々。これこれ。これこそまさに求めていた理想的な「お題」。というわけで〈Field Guides〉という、このミニ特集を素材として、それを読み解いて「ニュース解説」とする連載の骨子が固まることとなりました。スタート時の連載タイトルは「〈Guides〉のガイド」でした。

〈Field Guides〉が理想的だったことには、私のズボラさのほかに別の理由もあります。海外メディアの日本版の仕事を長くやっていたこともあって、海外(といってもアメリカですが)のメディアを日本のコンテクストに即してローカライズすることについては少しは勘所があったりします。アメリカ版の「Quartz」編集部がどういった視点やコンテクストから毎回の「お題」を取り上げてくるのかを解説することもできますし、日本と海外のニュースでは同じ題材を取り上げていても「論点」がまったく違っていることも多々ありますから、そのズレ自体を指摘することで連載の価値とすることもできそうです。

仮に「お題」が日本のコンテクストとはまったく関係のないアメリカローカルでしか通用しないものであったとしても、なぜそれが特集になりうるほど重要であると考えられているのかを考えてみることは「日本ではなぜそれがまったく問題にならないのか」を知ることでもありますので、日本に即した話題になり得たりもします。

もっとも連載を始めてみると、それこそコロナによるステイホーム期間中に連載が始まりましたので、「日本は無関係」と言ってほっかむりできそうな話題はいまのところ皆無でして、グローバリゼーションとデジタライゼーションによって世界はすべてつながってしまったというのはよく指摘されることですが、それが疑うことなくその通りであることを毎回思い知ることになるのです。

というわけで、これらの読み物は、私の純粋な制作物というよりは建て付けの賜物とでも言うべきものでして、アメリカ版の編集部が頭をひねってつくりだした企画を、一読者にすぎない者が、遠い日本からあれこれレスポンスしてみるという構成である点で、すでにしてふたつの焦点をもった企画になっているということができます。本誌のタイトルとなっている「だえん問答」の呼び名は、まず、このことに由来しています。

さらに、この連載では、私がかねてより重用してきた「仮想対談」という形式を用いています。なかには、この連載は、毎週私とトシヨシ氏が実際に会話したものを書き起こしたものだとお考えになる方もいらっしゃったりするのですが、そうではなく、聞き手の言うことも話し手の言うことも、すべて私が書いたものです。この手法が自分にとって大変使い勝手がよいのは、視点を少なくともふたつ設定できることでして、そうすることによって「どっちとも言えないよなあ」といった話題を「どっちとも言えないよなあ」という状態のまま差し出すことが可能になったりします。

このご時世は「どちらとも言い難い」ことだらけであるにもかかわらず、どちらかの陣営に押し込めようとする圧力がことさら強く、「どちらとも言えない」という立場が存在しづらくなっています。加えて多くの人が「自分もどちらかに決めなくてはいけない」と思い込んでしまっている節も感じられます。「私はこちらの陣営!」と固く心に誓った方々はそれでいいのでしょうけれど、私のようないい加減な人間にとって多くのことはたいがい「どっちでもいい」ですし、もっと別の視点から見ていけば、その対立軸そのものが無効になったりもしますので、そうした立場から何かを言うには、「私が私として物申す!」という記述スタイルでないやり方はなにかと都合がよいのです。

聞き手も私で話し手も私である、ということはどういうことかと言いますと、厳密には、どちらも私ではないということでもあります。自分で対談するという作業は、言ってみれば脚本や台本を書く作業に近いものですから、「仮想対談」ということばが表している通り、なかばフィクションでもあります。そして、そこに登場人物がふたりばかりおりますので、ここでも焦点はひとつではなくふたつあります。「だえん問答」の呼び名は、もうひとつ、このことに由来してもいます。

この読み物をつくる作業が、ことさら面白いものであったのは、初見で読んだ記事の束をどういう筋道で理解していけば遠い日本にいる環境においてもメイクセンスするのかを、行き当たりばったりに考えていかなくてはならないという点で、それは言ってみれば、さまざまな考え方や物の見方の仮説を、ふたりの登場人物に仮託して検証し合うようなものです。ここに書かれたすべての意見が自分の意見かといえば決してそうではなく、「こういう考えもありうるかもな」と、自分なりに想像をふくらませていったものと言えるかと思います。

日曜日の午前中に配信される記事ですので、土曜日中には編集をしてくださるトシヨシ氏に原稿を渡すことになります。平日にはなかなかまとまった時間も取れませんので、土曜日の夕方に虎ノ門にある作業場にきて〈Field Guides〉の個々の記事にひと通り目を通し、そこから構成も考えずにいきなり対話をスタートさせるのが通例となっています。

そのままだいたい5〜6時間をかけて一気に最後まで書き上げるというやり方でつくっていますので、「行き当たりばったり」というのは謙遜でもなんでもなく、推敲はおろか読み直すこともせぬままトシヨシ氏に送ったりもするほどですから、実際想像される以上に行き当たりばったりなのですが、こうして外部から与えられたお題を、ほとんど反射神経だけで打ち返していく作業はわれながら実にスリリングです。

先週言ったことが今週にはすでに無効になったり、あとで見たらトンチンカンなことを言ってしまっていたりするかもしれないリスクとスリルに身を浸しながら、その場の思いつきで、考える前に「ああでもなくこうでもなく」書いてみることは、コロナウイルスによって激震に見舞われた世界の先行きの見えなさ、答えのなさと向き合うのに、少なくとも自分にはしっくりくるやり方です。

できるだけ乱暴なやり方で情報を投げ散らかすような、そういう読み物ですので、後生大事に付箋を貼って答え合わせをするように向き合うものでもなかろうと思っています。トイレで読むくらいがちょうどいい、そんな読み物としてテキストをこさえています。ニュースは肩肘張って読むばかりのものでもなかろうと思いますし、せめてトイレにいるときくらいは、誰しもが「自分がどの陣営か」なんてことは忘れているのではないかとも思いますし。

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若林恵・Quartz Japan 編著
『週刊だえん問答 コロナの迷宮』

対立と分断とインフォデミックの迷宮をさまようポストコロナ世界の政治・社会・文化・経済を斜め裏から読み解くニュース時評のニューノーマル!? 全27話+オードリー・タンとの対話。さらに、書き下ろし序文・あとがきまで!この冬一番の必読書です!

・書名 :『週刊だえん問答 コロナの迷宮』
・著者 :若林恵+Quartz Japan
・デザイン:藤田裕美
・装画:宮崎夏次系
・写真:鈴木悠生
・発行 :株式会社黒鳥社
・発売日:2020 年12月17日(木)
・定価:1600 円+税
・判型 :A5変型/ 総ページ数448P

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